むかしむかし、それから、はるか未来のものがたり。

 青と緑の深い海の底に、涙にくれる人魚の王がおりました。
 王様は、もう長い時間をひとりきりで過ごしています。
 さみしいさみしい王様は、手下のタコに命じました。

「どこからでもよい。わたしの娘をつれてまいれ」

 王様の命をうけたタコは、海の底をくまなく探して、王様の娘となれるものを探しました。そして人間の捨てたゴミが沈む場所で、一体の美しい娘を見つけたのです。

「これはなんと素晴らしい娘だろう!
 少し壊れているようだが、なに、そんなことは心配いらない」

 娘は身体が機械で出来ておりましたので、
 聡明なタコはあっという間に彼女を直してしまいました。
 人魚姫ならぬ人形姫に、王様は、大喜びです。

「ようこそ! いとしいいとしい私の娘!」

 人魚の王様と、人形のお姫様。
 海の生き物もみんな集まって、宴は、いつまでも続きました。

 

 王様とお姫様は幸せに暮らしていましたが、ある日人形姫は不思議に思いました。

「わたしの足には、お父さまのように綺麗なうろこもないし、ふたつに割れて、尾びれもない。どうしてわたしの足は、お父さまとは違うの?」

 人形姫は懸命に、以前のことを思いだします。

「そうだわ。わたしは海の底に捨てられていたというもの。
 出来損ないなんじゃ、ないかしら」

 心配になった人形姫は王様に尋ねてみました。

「お前が出来損ないなんていうことがあるものか。
 世界で一番美しい、お前は私の最高の娘だよ」

 お姫さまは一安心。
 でも、どうして自分と王様の足が違うのかは、わかりませんでした。

 そんなある日、お姫様は、海の中できらりと光る美しいものをみつけます。

「あら、これはなにかしら。とっても綺麗。指輪にしては、不思議な形をしているし」

 人魚姫がその美しいものに、自分の指をはめると、彼女はぐんぐん引っぱられます。
 指をきらめかせて、ぐんぐん。
 明るい水面へ、ぐんぐん。
 ぐんぐん、ぐんぐん。

 

 かわってこちらは海の上の海賊船。
 下働きの少年プッペが、一日中釣り糸を垂らしています。
 待てど暮らせどかからない獲物に、プッペが大きな欠伸をしたその時。
 釣り糸がくい、くい、と動きました。

「これはでかいぞ!! それ!」

 プッペが力一杯釣り上げると、その獲物は、船の上まで飛び上がってきました。

「まぁ!」
 船に釣り上げられた人形姫は、プッペを見てたいそう驚きました。
「わたしと同じ足だわ。ウロコもないし、尾びれもないし、
 なによりふたつに割れているもの」
 たいそう驚いたのはプッペも同じでした。
 釣り上げたと思った大きな獲物は、美しい娘の形をしていたのですから。
「船長! 船長ー!」
 プッペの声を聞いて、海賊船の船長がやってきます。
「ほう。これは年代物のアンドロイドではないか」
 いかつい顔をもっといかつくして、船長は少年に命じます。
「継ぎ目の見えるアンドロイドなど二級品だが、ここまで綺麗な顔はそうそうない。宴会の余興にでもしよう。
 プッペ、この人形を檻にいれておけ!」

 装飾品をはぎとられ、檻に入れられた人形姫。その世話はプッペがすることとなりました。
「綺麗だなぁ。アンドロイドなんて、ぼくははじめて見たよ!」
 プッペは生まれてからずっと、この船の下働きをしていたので、
 外の世界のことをあまり知りません。
「あんど、ろいど?」
 人形姫は、不思議そうに首を傾げます。
「わからない? そうか、最近のアンドロイドは、人間の間でも自然に暮らせるように、自分が人間だとプログラムされているんだったね」
 頷くプッペに、人形姫はささやきました。
「わたし、人魚よ」
 プッペは、笑います。
「そうかもしれないね。海の底からやってきたんだもの」

 来る日も来る日も、人形姫は檻の中。
 唯一の話相手のプッペは、海のこと、海賊のことをたくさん教えてくれました。
 そして最後には、いつもこう言うのです。
「本当に君は綺麗だなぁ、君のように綺麗な生き物は、人間でもいないよ」
「わたし、綺麗なの?」
「ああ、綺麗だよ」
 少しだけ考えて、人形姫は叫びました。
「お父さまもそう言ったの。
 "いとしいいとしい私の娘。世界で一番美しい。"
 ……お父さま!!」
 さみしい人魚の王様が、海の底、ひとりで泣いているのかと思うと、
 人形姫はとたんに悲しい気持ちになって、ぽろぽろ涙をこぼしました。
「泣かないで。泣かないで、綺麗な君」
 プッペが途方にくれたように、人形姫の長い髪を、檻の外からなでました。

 月の綺麗な夜。人形姫が王様を想って泣いていると、
「人形姫、人形姫」
 波の間から、人形姫を呼ぶ声がしました。
 赤い頭がのぞいています。それは、人形姫を直してくれた、人魚の王のしもべであるタコでした。
「こんな檻にいれられて、かわいそうに。
 さぁ、このナイフで、人間を殺して、海の底に戻ってくるんだよ」
 赤い足が伸びてきて、一本のナイフを渡しました。

 宴の夜。檻から出される人形姫。
 船長に腕を引かれ、首にかけられるネックレス。美しい姿で歌をうたえと命じられます。
 歌声とともに、人形姫が振り上げたナイフを、
 百戦錬磨の船長は、大きな刀で叩き落としました。
「この俺にたてつくというのか!
 古くさいアンドロイドの分際で!」
 刀を振り上げる船長。必死で止めたのは、プッペでした。

「船長! 船長どうか! 彼女を助けて下さい!」
「うるさい! 役立たずのプッペめ!
 このナイフ、さてはお前の差し金か!」
 船長の振り上げた刀が、プッペの肩へと突き刺さります。

 よろめくプッペ。
 その時船を襲うのは、大きな黒い波でした。
 揺らぐ船から、木の葉のように投げ出されるプッペの身体。
 プッペを追って、人形姫もまた、波の間へ。

 黒い波の間に消えた二つの影に、船長は吐き捨てます。
「ふん……出来損ないどもめ。ガラクタどもは、海の藻屑となるがいい」

 黒い黒い海の底へ、落ちていく二つの影。
 プッペを抱きしめる人形姫に、魚達がささやきます。
「いけない、いけない人形姫。
 人間を離すんだ」
 人間は、海の底では生きてはいけない。
 死んでしまうよ。

 人形姫の瞳から、泡のように、涙の粒が浮かびます。

「さようなら、プッペ」

 離そうとした人形姫の身体を、抱き返したのはプッペでした。
「いいよ。僕は」
 たとえ泡となるのなら。
「君の生きる、海の泡となりたい」

 海の底を墓場と選んだプッペを抱いて、
 二つの足で立つ、人形姫。
 目を閉じたプッペに、キスをすると。
 ゆっくりと、プッペのまぶたが開きます。

 不思議そうに、首を傾げる人形姫。

 彼女と同じように、首を傾げるプッペ。

 プッペの肩の傷口には、キラキラと、銀の細工が光っていました。

 

 世にも美しい、海の底、
 二人はいつまでも。
 不思議そうに、互いの瞳をのぞいていました。

 むかしむかし、それからはるか未来の、ものがたりです。