生まれた理由

 まだ、私を呼ぶ名がなかったころ。
 私はこの世界を循環する大きな流れのひとつであり、海であり山であり同時に天であり、無であり全であった。
 けれど、心と呼べるものは持ち得なかった。
 この身に息づく魚が、草花が、石が、そしてなにより人が、私という存在を形作っていった。
 名を与えられ、整えられた水流は髪をとくようだった。優美な橋というかんざしをさして。流れる友禅の着物は、どんな女より先に私を着飾った。
 生まれた時のことは覚えてはいないけれど。私はそうして、この身を得たのだ。
 そんな私を、神のひとりであると言った人々がいた。
 けれど私達は、少なくともこの心は、人に愛されなければ生きてはいけない。
 私を生かす、その愛に。あらん限りの恵みをもって返そう。いつだって、そうありたいと願っているのに。
 どうしてこの身体は、この心は。時にいとも簡単に、愛する人に、さとに、牙をむくのだろうか。




 腹の底からうなるようなサイレンが響いている。
 水門が開かれる合図だった。
 上流から、鉄砲というには巨大すぎる流れが浅野の胸を押した。ごぽりと、浅野の口から大量の水が溢れた。それももう、大きな流れのひとつでしかないのだろうと彼女は感じていた。
 時は平成20年。季節は八月にさしかかろうとする夏の盛り。
 大雨と洪水の警報が発令されたのは明け方のことだ。時をまたず、浅野川水防警報が出され、ついには避難指示が発布された。未曾有とは言わない。けれど、治水が完了したこの半世紀では一度もなかったような、激しい氾濫の予感だった。
 大橋の下、浅野の姿はすでに水にのまれている。さらわれたわけではない。本来のあり方、本来のいきものに戻っただけだ。
 人の形などすでに意味を成さないが、乱れた髪、泥にまみれた着物。薄暗い中に目だけが爛々と輝き、能舞台に立つ狂女のようだった。
 息をするたび、ごう、と、不吉な音が鳴る。
 その音にまぎれるように、人々の、悲鳴のような怒号が届く。
「だめや、避難しろ!」
「橋はもう渡れんぞ!!」
「諦めぇま、車はもう無理やろ!」
「角落としを、はよう!!」
「役所はなんしとるがや!!」
 それはこの土地で生きる人の声だった。上流の湯涌から悲鳴や怒りを飲み込んで、真っ黒の波が、絶望のように押し寄せる。
 涙が浮かぶ。もう子どもではないから、泣くなと自分に言い聞かせる。
 泣くな。その涙でさえ。
 愛する人々を襲う、濁流にかわるのだ。
「浅野さん!」
 すでに水位は浅野の耳元まで達していた。それでも彼女は、その言葉を聞き逃すことはなかった。
(犀川、さ)
 伸ばされる手。夢中でそれを掴んだ時、どくん、と自分のものではない水流の音を聞いた。
(だめだ)
 心が遠くなる。誰かのではなく、己の。溢れていく。私も、そしてまた、あなたも。
 浅野の脳裏をひらめくように流れたのは、かつての絶望と、それから、救済の記憶だった。
 いつか、いつかはるか昔。こうして。
 私の手をとってもらえて、
 とても、
 とても、
 嬉しかった。
「さよなら」
 伸ばされた手を、突き返した。

 ありがとう。さよなら。私はひとりで、流れてゆきます。

「浅野……!! 浅野川!!」
 最後に彼は、なんの名前を呼んだのか。
 薄れていく意識の中で、浅野は、ほんのしばらく前の、記憶の再現に、身を任せていた。




 雨は恵みだった。けれど時に、雨は鈍器のようでもあった。
 重量を持ち、牙を剥いて。橋と土、人を家を飲み込んで、思い出と心を泡沫へとかえた。
 昭和27年。そして続く昭和28年。
 続いた浅野川の大水害により、金沢市は流出した梅ノ橋の再建を断念せざるを得なくなった。
 泥にまみれた着物のままで、橋の戻らぬ河川敷に座り込む、浅野の隣に、立つ影があった。身体をうつ雨が、ほんの少し弱まったことを、浅野は感じただろうか。
 浅野に和傘を差しだしたのは、犀川だった。
 ゆっくりと膝をつき、浅野のこけた頬にはりついた黒髪を、冷たい指でよけた。
 浅野は涙も枯れた瞳で宙を見据えたまま、濡れた唇を震わせる。
 そしてようやく漏れたのは、吐息のような囁きひとつ。
「ころして」
 彼女は懇願した。
「おねがい、どうか、……ころして」
 人を苦しめるだけの水に、ただ氾濫するだけの川に、一体なんの意味があるだろう。
 なんらかの意味があったとしても。
 こんな心が、そんなものが、なにほどのものかと、無力と絶望が浅野を苛んでいた。
 その言葉に、犀川は唇を噛み。そして浅野の肩を掴んで、自分の胸元へ抱き寄せた。手からすべり落ちた和傘が、音もなく転がる。
「言うな」
 押し殺した声は、震えていた。
「だらんこと、言うな……!!」
 浅野は目を見開いたまま、震える指で、着物のたもとにすがりつく。
 だって。
 だって。
「わたし、こんなことのために、生まれたがや、ない……!」
 その時初めて、浅野の目から涙があふれ。
 こぼれて落ちて、犀川の胸を濡らした。
 抱きしめられた肩が白くなるほど、力がこめられる。
「なんのために生まれたか。そんなことは、僕もわからん」
 激情のように震えながらも、犀川の強い手が、浅野の細い手首を掴んで。

「けど、浅野川。あんたのおるとこに、……この犀川、永劫におる」

 その言葉に、浅野は泣き崩れ。犀川は雨が止むまで、そして止んでからもずっと、彼女を抱いた、ままでいた。
 そして、災害ののち、昭和49年。
 浅野川から犀川への分水路が完成し、増水時には犀川へと水が流れる仕組みが出来た。
 二つの川は、生きていくために、手をとりあったのだ。




 嵐のような雨雲が去り、そして濁流が落ち着き、浅野はゆっくりと重いまぶたを開いた。
「浅野さん」
 手首に熱。浅野を抱えていたのは、犀川のその、力強い手だった。
「犀川、さん…………」
 まだ休めという犀川の言葉を押し切り、浅野は立ち上がる。
 そうして茶屋街から、川へ。
 広がる光景は、散々たるものだった。
 泥水をかきだす人々。橋こそ残れ、優美なはずのその町並みは、茶色く汚れて姿を変えていた。
 実に、半世紀以上ぶりの、惨状だった。襲いかかるのは絶望の記憶。無力と、空虚の。嘆くしか出来なかった。
「ごめんなさい」
 かすれた声で、浅野は言う。うつむき、目を覆ってしまいたい。けれどそれは出来ない。目はそらせない。
 つないだ手だけが、強く強く、握られる。
「ごめんな、さ」
 繰り返す、声が伝わる前。人々は浅野の姿に目を留める。そうして駆け寄り、口々に声をあげた。
「浅野さぁん!」「浅野さん!」「じゃまないですか」「ほんとうに、だいばらなことで」「みんな、むたむたんなってしもうて」「でも」
 そして口を揃えて、人々は言った。
「浅野さん。貴方が、無事でよかった」
 その言葉に、浅野は涙で腫れた目を何度も泳がせ、震えた声で、信じられないというように、囁いた。
「……どうして」
 あんなにも苦しめたのに。
 あんなにも、痛めつけたのに。どうしてそんな、優しいことを。
 その問いに、人々は顔を見合わせ。
「だって、ねぇ」
 作業に疲れた顔を、それでもほころばせながら言った。
「だってねぇ、浅野さん」
 嘘のない、迷いのない、その土地に暮らす、そのさとに生きる、人々の言葉で。

「あなたは、郷土の誇りですから」

 その言葉に、浅野の頬に、涙がつたう。
 そうだ、そうだった。ずっと、ずっとそうだった。五十五年前、あの梅ノ橋が流された時も、一度は橋の架け直しが断念されながら、再び復元に着手することとなったのは、他の誰でもない、金沢の人々の強い要望だった。
 何度でも蘇るだろう。何度でも再起するだろう。人々が生きる限り。その理由は、利便や、生活のためということも、あるだろう。
 けれどそれ以外に。時にそれ以上に。
 浅野は涙をぬぐいながら、その傍らを見上げた。
 そこには、はるか昔から、決して変わることのない、決して消えることのない、自分の片割れがいて。
 彼は、微笑み、囁くのだ。
「みんな、貴女を」
 安心させるように、心を預けるように。大丈夫だと、言うように。
 握る指先に、力をこめて。
 どうしてなのかと、聞かれたら。
「貴女を、愛しているから」


 ふたつの流れ とおながく。
 うつくしき、うるわしき。
 金沢の夫婦川である。