百万石のおひざもとに、祭りの時期が来ていた。
ときわ橋よりまだ上流から、浅野はひとつ灯籠を流し、その灯りを追うように、犀川の隣を歩き出す。
灯籠流しの夜だった。
辺りは暗く、湿った空気であったが、川に流れる数十、数百の灯籠が、皎々としていた。それは古くは死者の魂を鎮めるものであり、願いのこもるものだった。
河川敷には、和太鼓の音が響いている。
夕方までは小雨がぱらつく不安な天気だったが、なんとか天気はもったようだ。
浅野は晴れの着物を着ていた。流れる灯籠と同じく、加賀友禅だった。
「綺麗ですね」
犀川が言う。
「ほうやねぇ……」
どこか上の空で、浅野は灯籠を見ながら相づちを打った。
灯籠だけではないですよ、とは、犀川は言わなかった。
もちろん、着物だけでも、なかったけれど。
飲み込んだ言葉も知らず、浅野がため息のように言う。
「明日まで天気がもつといいんやけど」
「行列は雨天決行ですよ」
灯籠流しを皮切りに、百万石祭りではさまざまな催しが開かれる。その中でも、一番大きな賑わいを見せるのが本祭である明日の百万石行列だった。
加賀藩前田利家の入城を模して、華麗で長大な行列が練り歩く。それらは雨天でも中止されることはなかったが、浅野は不安に思ったようだった。
「でも、ブラスバンドの子がかわいそうやない?」
踊り流しも、薪能も。晴れるにこしたことがないとの浅野の言葉に、犀川はうなずく。
「そうですね」
子供達がすぐそばをかけていく。ぶつからないように体を斜めにした浅野の手を、自然な動作で、犀川がにぎった。
驚いて浅野が見上げる。
犀川はわざと、それを見返すことはしなかった。
放されるかと思ったけれど、浅野がうつむき、そっと握り返した。
灯籠の灯りは途絶えることなく、川を流れていく。
どこからともなく、金木犀の歌が聞こえるので。
犀川はそっと、歌声を乗せた。
夏をすぐそばまでひかえて。
金沢は、祭りの季節だった。