大雪

「犀川さぁん」
「浅野さん」
 足下に気をつけながら、金沢駅まで歩いて来た犀川は、手を振り近づいて来る浅野を見つけた。
「降りましたねぇ」
「いや、降りましたねぇ」
 雪で彩られた鼓門の下、しみじみと二人は言い合った。
 ここしばらく、予感はあったのだ。年があけてから、週末になるたびに降り積もる雪。今年は夏場もひどい暑さだったものだから、あるいは……。
 そう口々に言い合っていたら、とたんにこれだ。
 一月の終わりの週末。都市部でも、膝までの雪だった。ここ数年は穏やかな冬が続いていたことも手伝って、人々が途方に暮れるには十分な積雪量だった。
「電車の方は、どうですか?」
 犀川が、構内から出てきたばかりの浅野に尋ねると、「だちゃかんわ」と浅野は手を振った。
「改札が、もう。封鎖でわやです」
「おやおや」
 列車の遅れや運休が全線に渡り、改札を通ることも出来なくなっていた。ここしばらくなかったことだ。県外では、立ち往生の電車も出たことだろう。
「豪雪かな」
「いいえぇ。大雪でしょう」
 浅野が言う。目を細めて、「サンパチにもゴウロクにも、遠く及ばんやろ?」と、古くを思い出す声色で言った。
「確かに」
 犀川がうなずく。
「とりあえず、玄関から家に出られますからね」
「二階の窓から出なくてもいいですもんねぇ」
 サンパチの時は本当に、生きるか死ぬか、とのんきな昔話を続けていると、すぐ隣で、女性が足を滑らせた。
「きゃあ!」
「大丈夫ですか?」
 すかさず犀川が腕をとり、尻餅をつくのをすくいあげると、「あ、あ、ありがとうございます」と女性は目を白黒とさせた。
「よその方やね」と浅野も態勢を立て直すのを手伝う。尋ねなくともわかった。この雪の中、女性の足下は白いパンプス。これでは、滑るのも無理はない。
「は、はい」
 石川には観劇に来たのだと、観光客である女性は言った。
「夜行バスで来たんですが、こんな雪だとは、思わなくて」
 犀川はうなずく。
「今日は一日電車は無理やと思う。はやめに連絡して、ホテルを押さえた方がいいやろな」
「ほやね」
 浅野がうなずき、女性を振り返る。
「でも、その前に、駅に入ってすぐ。観光案内所で、長靴が借りられますから。よければ借りるまっし」
「本当ですか? ありがとうございます」
 ぱっと顔を輝かせた女性に、浅野は思わず、すまなそうに笑った。
「せっかくの旅行、こんな天気で、ごめんなさいね」
「いいえ」
 にこにこと女性は笑うと、明るい声でこたえた。
「いい思い出になります」
 その返事に、犀川と浅野は思わず顔を見合わせ、ゆっくりと笑みを深くした。
「ありがとうございます」
 白い雪が、空からまた、舞い降りて来る。
 北陸の冬は長く重い。
 けれど間違いなく、一年で一番、美しい季節だ。