金沢に茶屋街は三つある。主計町。にし、そしてひがしの茶屋街。
その中でも、ひがし茶屋街は二百年の昔から、今でも茶屋を経営している。
決して大きな茶屋街ではない。一見を招くようなこともなく、無体があればすぐに知れ渡る。
その日は、飲み過ぎた上に芸妓に絡む客があるとの報せ。
普段は口出しをしない浅野が、血相を変えて座敷へと飛び込んだ。
「手取先生!」
「おお、太夫のおでましやぞ」
呵々と笑い声。黒い着物に粋な羽織で、小さな黒髭も整い、小さな丸めがねも相まって、姿だけなら老紳士。
「飲んだくれは、いい加減にしてくださいっ」
しかし浅野が出会った頃から、とんでもない酒豪だった。
浅野や犀川とは、同じうまれの生き物のはずだが、浅野は時折、この人は川ではなく酒の化身なのではないかと思う。
浅野に座敷を追い出されてもそしらぬ顔で。
「次はにし茶屋でもいこまいか。犀川くんでも誘おうか」
そんなことを言うから、浅野は
「次回は白湯しか出しませんから」
と冷たく返してやった。
「おお、おとろしおとろし」と手取は笑って夜の街に消えていく。
「なんなん、もう」
街灯の甘い灯りに消える、その背を浅野は見送った。