雪だるまは哲学する薔薇に恋をしている


 雪だるまは哲学する薔薇に恋をしている。
 その年その地方は記録的な大雪に見舞われた。大雪と言っても元は雪の無い土地であるから、子供達が喜び勇んで雪だるまをつくった。記録的な異常気象の記録的な大雪でつくられた記録的な雪だるまは、魂をもってしまっておちおち解けて消えることもできない。そんなこともある。
 やがて傍らの塀の冬薔薇が美しく咲いた。薔薇は紅。気位が高く、そうして哲学する薔薇だった。
「貴方の頭の中身は白く冷たい雪ばかり! 哲学のない人とはわたし、お話しをしたくないの」
 薔薇の声は氷でつくったベルのようだ。
「そんなこと言わないでよ。哲学ってなんだい?」
 雪だるまは低く静かな声をしていた。
 雪だるまは少し頭の方が足りなかった。けれど哲学する薔薇の隣で、その哲学を耳にした。
「私達はだから、いつかは枯れてしまうのよ。激しい嵐に首根を折られてしまうかもしれないし、突然焼け付く日差しに黒く焦げてしまうかもしれないわ」
「それは大変だ」
「そうでしょう。そうでしょう? それでもそれがさだめなのよ。生まれ落ちるということは、やがて朽ちて果てるという結果へのエネルギィなのよ」
「気が滅入る話だね。ところで最近何かいいことあった?」
 それは雪だるまの口癖で、こいつやっぱり頭が悪いわと冬薔薇は辟易したものだけれど、問われた問いに気の利いた答えを返せない愚鈍さを冬薔薇は疎んでいたものだったから、その問いがくるたびに、さてわたしのまわりに最近どんな良いことがあったかしらと考えはじめるのだった。
 そうして根詰め考え始めれば、いくつか浮かぶ素敵な事柄に、なかなか自分の生活も悪くないんじゃないかと思うのだった。
「上々だね」
 そんな冬薔薇の言葉をきいて雪だるまは言う。
「まぁまぁね」
 冬の日は高く空は冷たい。
 彼らの一日は太陽の浮き沈みに関与されないけれども、彼らの一生は時間とは代え難いけれども。
「ねぇ美しい冬薔薇。何か最近いいことあった?」
 恋する雪だるまは今日も彼女に尋ねる。
「そうねぇ……」
 冬薔薇は静かに考え込んで、答えを口にする。
「上々だね」
「まぁまぁね」
 そうして冬薔薇もまた、雪だるまのとなりで哲学をしている。