M A R G U E R I T E / L E T T E R

古城ホテル『マルグリット』書簡集//本作4冊を読了した方へのオマケ
ようこそ、古城ホテルへ 湖のほとりの少女たち (角川つばさ文庫)
ようこそ、古城ホテルへ(2) 私をさがさないで (角川つばさ文庫)
ようこそ、古城ホテルへ(3) 昼下がりの戦争 (角川つばさ文庫)
ようこそ、古城ホテルへ(4) ここがあなたの帰る国 (角川つばさ文庫)

■G→E


親愛なる我が友 エランへ

 いつも手紙をありがとう。
 先日手紙を送ったばかりだが、急ぎ用があってもう一通送らせてもらった。
 世話をかけてすまないが、同梱の二通は、ランゼリオ・アルジャーに届けてはもらえないだろうか。機密事項等ではないから、そこの所は心配いらない。一通は私の同僚から。もう一通は別の相手からだが、見てもらえればわかると思う。
 もちろん君も向こうも双方忙しいのは承知の上だ。特に彼は──今は『彼』かはわからないが──国外に出ていることも多いだろう。もしも渡せなかったのならば返送してくれ。
 同僚のものだけでも、届くといいのだが。
 そろそろ新年のパレードの時期か。
 今年は君と乾杯が出来ないのは残念だが、遠い地でも、グラスを掲げよう。
 新しい年が、君にとっても、またよき一年とならんことを。
 友愛をこめて。

『マルグリット』女主人 ジゼット

■P→R

(ミミズののたくったような字で)

ランゼちゃんへ

ピィです。
元気ですか? 風邪を引いていませんか?
古城ホテルは雪が降りました。
今は、新年のパーティのために、みんなで準備をしています。
ジゼットちゃんは元気。フェノンちゃんも。姫さまも元気だよ。あ、ヘンリーちゃんもね。
ピィも元気!
また遊びにきてね。
雪はおくれないけれど、雪待草の、栞をおくります。
お返事まってます。

ピィ・キキラーチェ

■R→R


美しきランゼリカ嬢へ

 冬の女王が微笑む霜月の終わり、ランゼリカ嬢のご機嫌はいかがなものだろうか。
 貴方がこの土地を去ってから、森は悲しみに閉ざされてしまったようだ。鳥は鳴かず、花も色あせてしまっている。其れも皆、貴方の微笑みが消えてしまったせいなのだろう……。(以下、詩のような言葉が延々と綴ってある)
 ──長くなってしまったが、もしも精霊祭に来てくれるのならば、グラン・シャリオのすべてをもって歓迎しよう。
 もちろん、新年までいてくれて構わない。
 お返事お待ちしている。

ホテル『グラン・シャリオ』支配人ロベール・シュミット

■R→R

(愛らしい筆跡で)

ロベール・シュミットさま

おじさまお誘いありがとう。
でもごめんなさい、ランゼリカは今、少し喉を痛めていて、お父様が家を出るのを許してくれないの。
レモンの花の蜂蜜が欲しいなぁ。
なんて、こんなこと、おじさまに言っても仕方ないわね。
またいつか。

あなたのランゼリカ

■R→P

(流暢な走り書きで)

ピィ・キキラーチェ

あのさ……
雪待草を僕に贈れって言ったやつはどいつかな?
売られた喧嘩なら買うよ……といいたいところだけど、
まっ、キミにそんな皮肉が出来るとも思ってない。
お祭り好きなキミたちが元気なことくらい知ってるよ。
僕も、それなり。
雪かぁ。暇が出来たら、と言いたいところだけど、
人気者でひっぱりだこの僕だから、いつ暇になるかなんてわかんないや。
それまでせいぜい、ホテルがつぶれないことを祈ってるよ。
あと、もうちょっと字の練習しろよ。どこの暗号文かと思った。
僕はまぁ、読めるから、いいけどさ!

ランゼリオ・アルジャー

■E→G



親愛なる我が友 ジゼットへ

 君に伝えたいことは山のようにあるのだが、急ぎケットシーから手紙を預かることが出来たので仲介人に徹することにする。
 年の末にはもう一度手紙を送るよ。うちのメイドが焼いたシュトレンは君も好物だったはずだから。
 それにしても、同僚からだという先日の手紙、雪待草の栞は一体どうしたんだい?
 思わず笑ってしまったよ。
 雪待草の花言葉は、希望、慰め、恋の最初のまなざし……けれど、人に贈る時には、「あなたの死を望みます」。
 ジョークとしては、辛口すぎやしないかい?
 さすがのケットシーも苦い顔をしていたよ。けど、それなら僕がもらおうかと言ったら、断られてしまった。
 手紙に失礼なことが書いてなければいいんだけど。
 ホテルの皆様にもよろしく。
 親愛なる友に。友愛と、祈りをこめて。

エラン・クリューガー

■L→D



ガーフ船 ディラン宛

ごきげんよう
先日貴方から教わった料理、
どうしても味が同じにならないのだけれど。
心当たりがあったら教えてちょうだい。
急がないわ。皆様にもよろしく。

リ・ルゥ・アヌ・ラサ・ファン・チゼ

■D→L



極彩色をまといし我らがただひとりの姫君

 初冬の候 皆様におかれましてはお変わりなくお過ごしでしょうか。
 私の稚拙な料理が姫様の助けのひとつとなったのならばこれ以上の幸せはありません。今後もこの命のある限り祖国の文化そして誇りを守り続けていかなくてはならないと、使命を新たに感じている所です。つきましては──
〜中略〜
 お尋ねの点ですが、僭越ながら私の考えを述べさせていただければ、水と塩の違いかと思われます。特に私が船上で振る舞った折にも、潮風からは逃れきれない船上でのこと、道具についた塩分はそのまま調理に使わせていただきました。丘の上であれば、まったく別の塩加減となっていたことでしょう。土地には土地の、水と土がございます。そして、塩も。本来であれば、今は遠き理想郷となってしまったあの地の水と土を使いたいところですが……。いえ、繰り言は今はやめておきましょう。姫君のご用命とあれば、いつでもこのディラン、料理人として参ります。ご連絡、心からお待ちしております。
 古城ホテルの皆様におかれましても、天上と、海の、ご加護のありますように。

ディ・アラン・バス・ザン
ディラン

■L→D



ガーフ船 ディラン宛

水と塩ね。
いいえ、結構。やってみるわ。
船の皆様にもよろしく。

リ・ルゥ・アヌ・ラサ・ファン・チゼ

■F→L



リュシエンヌさま

 こんにちは、リュシエンヌさま。
 古城ホテル『マルグリット』の女主人のひとり、フェニアーノです。
 季節の区切りごとに、お手紙を差し上げて参りましたが、今回はわたくしがその順番となりました。
 お恥ずかしい事ですが、わたくしは、手紙を書くことに慣れていません。ですから、この手紙も、何を書いていいのか…………


 ふぅ、と小さくため息をつくと、フェノンは椅子から立ち上がった。
 机に置いたランプを持って部屋から外を見やれば、夜半に雨がすっかり雪に変わってしまったらしい。どうりでこの静けさだと納得がいった。
 厚手のコートを着込み、太い毛糸で編み込んだショールを肩から羽織る。まだ明け方だが、花壇を見に行こうと思った。
 フェノンは古城ホテルに来る前、様々な土地と町で草花を育ててきたが、山中とも言える古城ホテルでの栽培はまた様子が違う。
 先日も、本来ならば春に咲く雪待草を冬のさなかに咲かせてしまい、思わず微笑んでしまった。あわてんぼうな雪待草は丁重に押し花にし、手紙を送りたがっていたピィに持たせたのだけれど、果たしてどうなったことやら。
 リ・ルゥも最近は、船上に手紙を送っているらしい。もっとも、返ってくる手紙と出される手紙の厚さの違いは、夏と冬ほどの違いはあるが。
 そんなことを考えながら建物の外に出ると、うっすらと雪が地面に化粧をしていた。さくさくと足下を鳴らす。と、花壇の傍で、ごろんごろんと雪の中を転がり回っている黒い影があった。
「…………」
 黙って見ていると、ぴたりと黒い影が固まり、背筋を伸ばす。フェノンは白い息で、
「早いのね」
 と言った。普通の感想だったのだが。
「寒さに目が覚めたのだ!」
 決して! 断じて! 雪などを喜んでいるわけではない! と言うヘンリーの尻尾が、耐えきれずぱたぱたと揺れている。
「貴様こそ!」
「わたくしは花壇の様子を見に来たの」
 それから、手紙が書けなかったから、ということは、思ったけれど言わなかった。
「寒いからといって、なにもしてあげられないけれど」
「心を傾ければ、伝わるだろう!」
 ばふん、と大きく開いた口を閉じながらヘンリーが言う。説教くさいわね、と心の中でフェノンは思った。
 花壇の傍らにしゃがみこんで、雪を除けながらフェノンは言う。
「伝わるかしら」
 ぽつりと、独り言でも言うように。
「つたない園芸でも、下手くそな手紙でも」
 心を、傾ければ。
 静まり返った、暗い朝に、その声は澄んで響いた。そのことに居心地の悪さを感じたのはフェノンひとりで、誤魔化すように笑って立ち上がり。
「わたくし、手紙を書いたことがないのよ」
 と告げた。
 隣で首を傾げていたヘンリーは、それにばふん、ともう一度口を閉じて。
「そうか、では」
 遠吠えでもするように、高らかに言う。
「最初の手紙は格別だな!」
 その言葉に、フェノンはまばたきをひとつ。それから、肩を落として。
 そうかもしれないわねぇ、空から降り積もる雪のように淡く、笑った。


 愛と、感謝、そして、祈りを、込めて。
 かけがえのない、あなたへ。